岐阜地方裁判所 平成11年(ワ)299号 判決 2000年12月14日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
(以下、別紙物件目録記載の不動産は、その種類と同目録記載の符号によって、個別に本件土地(一)とか本件建物(五)などと表示し、一括して本件各土地とか本件各建物という)
第一 請求
一 被告は原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一一年四月一六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告に対する宅地建物取引業法六四条の一〇に基づく還付充当金一〇〇〇万円の支払債務の存在しないことを確認する。
三 原告が被告の社員たる地位を有することを確認する。
第二 事案の概要
本件は、原告が、<1>被告による左記一7(一)の認証行為について、左記二1(一)の不法行為の成立を主張して、損害賠償の支払及び左記一7(一)の還付金の充当義務の不存在確認を請求するとともに、<2>左記一1(二)の法律関係に基づき、自己が被告の社員であることの確認を求める事案である。
一 争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実
1 当事者・関係者及び原告の被告加入と保証金分担金の納付(左記(二)につき、甲六、左記(三)につき、乙二七、乙二八の一・二、弁論の全趣旨)
(一) 被告は、宅建業法六四条の二に基づき建設大臣に指定された宅地建物取引業保証協会であり、同法六四条の三第一項三号の弁済業務を行なっている。
(二) 原告は、宅建業法三条に基づく宅地建物取引業者であるが、被告に社員として加入し、同法六四条の九に基づく弁済業務保証金分担金六〇万円を納付していた。
(三) 馬場染工株式会社は、染色の仕事をしていた会社であり、馬場政章は、その代表取締役であった。馬場重房は、同人の息子で同社の専務取締役であり、馬場ふみをは、政章の妻である。
(四) 大日産業株式会社は、パチンコ遊戯場の経営を目的とする会社である。
(五) 田島秀俊は、株式会社テックの代表取締役で、田中美好は、社員である。
(六) 宮木謙市は、暴力団稲川会系中島会相談役であり、山代淳は、その内妻である。
2 関係不動産の旧所有関係
<1>本件土地(一)ないし(三)及び本件建物(六)(七)は、もと馬場政章が、<2>本件土地(四)(五)及び本件建物(八)は、もと馬場ふみをが、<3>本件建物(九)は、もと馬場染工が、<4>本件建物(一〇)は、もと株式会社各務原軽鋼が、それぞれ所有していた土地建物であり、その旨の所有権移転登記ないし所有権保存登記が経由されていた。
3 本件各土地建物の登記関係等(その一)
(一) 本件土地建物(一)ないし(九)について
(1) 右2の後、<1>本件土地建物(一)ないし(八)には昭和六三年九月三〇日付で、また本件建物(九)には同月二八日付で、いずれも宮木謙市のために同月二六日信託を原因とする所有権移転登記(以下本件所有権登記(一)という)が、<2>本件土地建物(一)ないし(九)全部について、平成元年一〇月一三日付で、株式会社テックのために昭和六三年一〇月二六日売買を原因とする所有権登記(以下本件所有権登記(二)という)が経由された。
(2) これに対し、本件土地建物(一)ないし(九)全部について、<3>昭和六三年一二月二日付で、同月一日訴訟提起を原因とする本件所有権登記(一)の抹消予告登記(以下本件予告登記(一)という)が、<4>平成元年一〇月二〇日付で、同月一八日訴訟提起を原因とする本件所有権登記(二)の抹消予告登記(以下本件予告登記(二)という)が、<5>更に平成元年一二月六日付で、馬場政章ないし馬場ふみをを債権者とし、同年一一月二四日処分禁止の仮処分命令を原因とする仮処分登記(以下本件仮処分登記(一)という)が経由された。
(3) 更に、右に対して、<6>平成二年五月二一日付で、同年三月一五日和解成立を原因とする本件予告登記(二)の抹消登記が、<7>同年七月六日付で、同年六月二九日取下を原因とする本件仮処分登記(一)の抹消登記が、<8>いずれも同年七月一八日付で、それぞれ錯誤と平成元年七月二一日和解(これは左記4の和解である。以下本件和解という)を原因として、本件所有権登記(一)と同(二)の抹消登記がなされたうえで、<9>同じ平成二年七月一八日付で、山代淳のために、同月一七日売買を原因とする所有権移転仮登記がなされ、<10>更に同月二六日右仮登記に基づく本登記(以下本件所有権登記(三)という)が経由された(ただし、本件土地(四)(五)については、右<9>の仮登記を経ることなく、直接右<10>の日に同記載と同じ内容の所有権移転登記<以下これを含めて本件所有権登記(三)という>がなされた)。
(4) そして、<11>同年一〇月一一日付で、田中美好のために同日売買を原因とする所有権移転登記(以下本件所有権登記(四)という)が経由された(ただし、本件建物(六)ないし(九)には以上(3)(4)の登記等は経由されていない)。
(二) 本件建物(一〇)について
同建物には、平成二年七月一八日付で、森誠のために同月一七日売買を原因とする所有権移転登記がなされた。
4 本件和解の成立(乙二五)
政章、ふみを、重房及び馬場章と馬場染工破産管財人平野博史とを原告とし、宮木と金森幸男とを被告とする、岐阜地方裁判所昭和六三年(ワ)第六〇八号事件及び同庁平成元年(ワ)第四四号事件において、平成元年七月二一日右当事者間に、要旨以下の和解が成立した(左記以外の和解条項を適宜省略する)。
(一) 政章、ふみを、重房、馬場章は、宮木に対し、連帯して一二〇〇万円の支払義務あることを認め、平成元年一一月三〇日までに支払う。
(二) 宮木は、右(一)の金員支払と引換に、<1>政章に対し、本件土地(一)ないし(三)、本件建物(六)(七)につき、<2>ふみをに対し、本件土地(四)(五)、本件建物(八)につき、<3>馬場染工破産管財人平野博史に対し、本件建物(九)につき、本件所有権登記(一)の抹消登記手続をする。
5 原告の仲介と本件売買契約の成立(左記(二)の内容につき甲八)
(一) 原告は、大日産業から本件各土地購入の仲介を依頼された(以下本件仲介契約という)。
(二) 原告の仲介によって、大日産業は、平成二年一〇月一一日田中美好との間で、本件各土地を同人から次の内容で購入する旨の売買契約(以下本件売買契約という)を締結し、同年一一月七日契約金三〇〇〇万円(以下本件契約金という)を支払った。
(1) 代金 三億〇〇七五万六五〇〇円
(2) 登記・引渡及び代金決済日
平成二年一一月二〇日
(3) 物件引渡義務 本物件に居住者その他の占有者があるときは、これを退去させたうえ、引渡をしなければならない。
(4) 特約 地上建物の五〇パーセントを取り壊した時点で、中間金として三〇〇〇万円を支払う。
(三) 大日産業は、右売買に基づき、平成二年一一月九日付で本件各土地について所有権移転請求権仮登記を経由した。
(四) その後、右(二)(2)の決済日は、平成二年一二月二〇日に延期された(以下本件変更という)。
6 本件各土地の登記関係等(その二)(甲一二、甲一三、乙九ないし乙一一、弁論の全趣旨)
<1>本件土地(二)について、平成二年一二月五日付で、馬場政章を債権者とし、同年一二月四日処分禁止の仮処分命令を原因とする仮処分登記(以下本件仮処分登記(二)という)が経由され、<2>更に本件各土地について、平成三年一月一一日岐阜県信用保証協会の申立によって競売手続が開始され、平成一〇年五月一八日羽島興業株式会社がこれらを競落し、右4(三)の仮登記は抹消された。
7 被告の認証及び通知等(甲二、甲三、甲六、乙三〇ないし乙三二、乙三五)
(一) 被告は、平成一〇年三月九日大日産業から、前示取引に基づき原告に損害賠償請求権を有する旨の認証申出を受けて、平成一一年二月二五日宅建業法六四条の八第二項の認証(以下本件認証という)をなし、弁済業務保証金三三八一万三二五五円を東京法務局に供託し、同社は、同年三月二五日右供託金から一〇〇〇万円(以下本件還付金という)の還付を受けた。
(二) 被告は、平成一一年三月二六日付で被告に対し、本件還付金相当額を二週間以内に納付するよう通知したが、前示1(二)の分担金六〇万円を除く九四〇万円の納付がなかったため、宅建業法六四条の一〇第三項に基づき、同年四月一六日付で、原告が被告の社員たる地位を失った旨通知(以下本件通知という)した。
二 争点
本件の主たる争点は、左記2(二)の注意義務違反成否(抗弁)であり、その前提として、左記1(三)の馬場政章及びふみをの土地売却の存否も争点となっている。
1 原告の主張
(一) 被告の本件認証は、<1>大日産業の申出の内容を明確にしないなど、原告に攻撃防御の対象を明らかにせず、また事実経過の陳述や同社関係者との対質など弁明の機会をほとんど与えない瑕疵ある手続に基づく違法なものであり、<2>左記(三)のとおり、なんら理由がないにもかかわらず、原告に大日産業に対する賠償義務があると認めた点でも違法である。
(二) 違法な本件認証の結果、原告は、社会的信用を著しく棄損され、社員資格の喪失により宅建業の活動を禁じられたが、その損害は一〇〇万円を下らない。よって、その賠償を求める。また、原告に本件還付金の充当義務はなく、被告の社員たる地位も喪失していないから、その確認を求める。
(三) 本件売買当時、本件各土地の真の所有者は田島ないしテックであって、土地の名義人だった田中は、実質的には同人らと同一である。政章やふみをは、本件各土地を山代に売却し(以下本件売却という)、同人が田島ないしテックにこれを譲り渡したものである。被告が真の所有者と主張する政章らは、原告や田島らと連絡を取って、本件売買を推進していた。
また、本件各建物の真の所有者も同様に田島ないしテックであり、本件売買から約一か月間に本件各建物は取り壊されて、染色用の煙突を残すだけになっていたのであって、建物取壊や占有者の退去に支障はなかった。
(四) 原告は、政章らとは遠い親戚で、昭和六三年後半頃馬場染工が倒産しそうなことや、本件各土地を売却したいとの意向を聞いていたが、本件和解後の平成二年七月頃重房から、本件各土地が山代淳に売却された事実を聞いた。他方、同年九月頃大日産業から本件各土地の購入方を依頼され、確認の結果、政章らから、現在の名義人は山代だが、テックないし田島に移転することを聞き、同年一〇月一一日正午頃本件所有権移転登記(三)がなされるのを確認したうえ、同日本件売買契約を成立させたものであって、なんら過失はない。
原告は、本件売買契約前、宮木、山代、田島、田中とは格別関係がなく、また宮木が暴力団関係者なのは知っていたが、会ったことはなく、山代のことも知らなかった。
(五) 本件変更は、大日産業が残代金を用意できなかったためにされたもので、田中の土地所有権に問題はなかった。
2 被告の主張
(一) 右1(一)(二)の事実は否認する。
(二) 原告には、以下のとおり仲介業者としての注意義務違反があるから、本件認証は適法である。
(1) 本件売買契約が締結された平成二年一〇月一一日当時、本件土地(一)ないし(三)と同(四)(五)の真の所有者は、前示一2のとおり政章とふみをであった。しかるに、原告は、故意又は過失によって右各土地の所有者を調査せず、田中美好を所有者として本件売買契約の仲介をしたもので、所有権の確認を怠った義務違反がある。
(2) また、本件売買契約には、前示一5(二)(3)(4)のとおり本件各土地の占有者・居住者を退去させ、地上建物を取り壊して引き渡す約定があり、また本件建物(六)(七)、同(八)、同(九)及び同(一〇)の所有者は、前示一2のとおり政章、ふみを、馬場染工及び各務原軽鋼であって、実際は右各建物の取壊しと土地占有者の退去は困難であった。更に、本件各土地の奥には政章、ふみをやその親族の所有地があって、本件各土地の売買により袋地となるため、売買の履行は困難であった。にもかかわらず、原告は、故意又は過失により、右各建物の所有者、その取壊し及び土地占有者の退去の可否等の確認を怠り、本件売買契約の仲介をした義務違反がある。
(三) 本件は、暴力団関係者の宮木、山代、田島、田中らが、運転資金に窮した馬場染工の負債整理に乗じて本件各土地等の乗っ取りを図り、不法の利益を得ようとした事案であるが、<1>前示一3(一)(1)(2)のとおり、本件各土地については、宮木とテックへの本件所有権移転登記(一)(二)に対し、本件予告登記(一)(二)や本件仮処分登記(一)がなされており、<2>また、宮木が暴力団関係者で、山代がその子分であるのを知りながら、原告は、事実関係の調査もしないまま、本件各土地の真の所有権者を田島ないしテックと主張しており、また本件契約金もテックに受領させているのであって、馬場染工の負債整理には責任感も関心もない。以上によれば、原告は、宮木ら暴力団関係者が不当な利益を得ることに共謀又は加担したものであり、そうでないとしても、この点につき過失がある。
(四) また、本件変更により売買契約の決済日が平成二年一二月二〇日に延期されたのは、もともと真の所有者でない田中を売主として本件売買契約を締結したため、担保権者が担保権抹消を承認しなかったことによるものであり、この点からも田中や田島らが真の権利者でないのは明らかである。
第三 争点に対する判断
一 原告の所有権確認義務違反の成否(前示第二、二2(二)(1)の主張)について
1 本件売却の成否及び本件各土地所有権の所在
(一) この点について、原告は、前示第二、二1(三)のとおり、馬場政章及びふみをは、本件売却によって本件各土地を山代淳に譲渡しており、本件売買当時の真の所有者は、山代から更に譲渡を受けた田島秀俊ないしテックであると主張している。
そこで検討するに、本件各土地に平成二年七月一八日付で山代を権利者とする本件所有権登記(三)が経由されていることは、前示第二、一3(一)(3)のとおりである。また、甲一八、証人馬場重房の証言、原告本人の供述中には、原告の右主張に沿う部分がある。
(二) しかしながら、以下のとおり原告に有利な証拠等は直ちに採用することができない。
まず、問題の本件売却について、その時期、当事者、内容(代金の有無・金額、履行の時期、条件等)を検討するに、原告に有利な右(一)の各証拠を精査しても、これらの点についての関係者の認識等は極めてあいまいといわざるを得ず、合意の成立を裏付け、その内容を明確にするに足りる契約書その他の客観的証拠もないが(証人馬場重房の証言中には、山代に対して本件所有権登記(三)がなされることは、まったく知らなかった旨の部分すらある<同証人調書四〇、八四頁参照>)、他方前示第二、一5(二)のとおり、本件売買当時の本件各土地の価格は三億〇〇七五万六五〇〇円にも上っているのであるから、真実当事者間で権利譲渡の合意が成立していたとすれば、このような高額の不動産の処分に関する本件合意の内容等が右の程度に不明確であるのは、極めて不自然な経過といわざるを得ない。
(三) また、<1>前示第二、一1(三)(六)、同2ないし6の各事実、乙五ないし乙八、乙二六、乙二七、乙二八の一・二、<2>後示採用できない部分を除く証人馬場重房の証言によれば、本件の経過について、以下の事実が認められる。
(1) 染色の仕事をしていた馬場染工は、経営状態が悪化し、昭和六三年当時約二億七〇〇〇万円から約三億円程度の負債があって倒産の危機に瀕していた。そのため、同社の代表取締役の馬場政章や、同人の息子で同社の専務取締役であった馬場重房は、昭和六三年七月頃、金融業をしていた宮木謙市から約一〇〇〇万円を借り入れたが、しばらくすると、宮木は、実際には、そのような意思がなく、かえって馬場家や馬場染工の財産を乗っ取る意図であるのに、これを秘して、右政章や重房らに対し、債権者が押しかけて来るので守ってやるなどと申し入れ、同人らを信用させたうえ、財産保全や債権者に対抗するのに必要と称して、<1>本件土地建物(一)ないし(九)の所有者である政章、ふみを、馬場染工などに手続させて、昭和六三年九月三〇日付で本件土地建物(一)ないし(八)に、同月二八日付で本件建物(九)に、いずれも自己のために同月二六日信託を原因とする本件所有権登記(一)を経由させたほか、<2>同月一三日付で、宮木の知人で暴力団関係者の金森幸男のために、債権額三〇〇〇万円の抵当権設定仮登記や、借賃・一平方メートル当たり一月一〇〇円、特約・譲渡転貸ができるなど、極めて賃借人に有利な内容の賃借権設定仮登記を経由させ、<3>また真実の債権がないのに、金森宛に架空の手形(額面合計三〇〇〇万円)を振り出させる等した。
(2) 実際には、宮木は、暴力団稲川会系中島会相談役であり、政章らは、それを知らないまま、倒産状態に追い込まれた苦しさなどから、宮木の指示にしたがっていたが、昭和六三年一〇月頃渡辺一平弁護士に相談した結果、そのままでは宮木などに財産を乗っ取られかねないこと自覚するに至り、政章、ふみをらは、同年一二月一日岐阜地方裁判所に、宮木及び金森を相手方として右(1)<1><2>の各登記等の抹消を求める訴えを提起し(同庁昭和六三年(ワ)第六〇八号)、同月二日に本件土地(一)ないし(九)について本件所有権登記(一)の抹消予告登記が経由された。また、政章らは、馬場染工について破産の申立をし、平野博史弁護士が管財人に選任された。
一方、政章らは、紛争を解決し、本件各土地を売却して負債を整理する必要に迫られており、結局早期解決のために宮木に前示(1)の借入金を弁済して同人らと和解することにし、平成元年七月二一日前示事件及び岐阜地方裁判所平成元年(ワ)第四四号事件において、政章、ふみを、重房、馬場章及び馬場染工破産管財人平野博史と、宮木及び金森幸男との間で、以下の内容で本件和解が成立し(左記以外の和解条項は省略)、政章らは、左記金員の支払と引き換えに、ようやく財産を取り戻せるかに見えた。
<1> 政章、ふみを、重房、馬場章は、宮木に対し、連帯して一二〇〇万円の支払義務あることを認め、平成元年一一月三〇日までに支払う。
<2> 宮木は、右<1>の金員支払と引換に、(a)政章に対し、本件土地(一)ないし(三)、本件建物(六)(七)につき、(b)ふみをに対し、本件土地(四)(五)、本件建物(八)につき、(c)馬場染工破産管財人平野博史に対し、本件建物(九)につき、本件所有権登記(一)の抹消登記手続をする。
(3) しかしながら、実際には、宮木は、政章らの知らぬ間に、自己の関係先の株式会社テックのために、本件土地建物(一)ないし(九)について、平成元年一〇月一三日付で、昭和六三年一〇月二六日売買を原因とする本件所有権登記(二)を経由しており、そのため、政章らは、更に平成元年一〇月一八日岐阜地方裁判所にテックを相手方として右登記の抹消登記手続請求訴訟を提起し、その頃処分禁止の仮処分を申し立てざるを得ない事態となった。そして、<1>右訴訟の提起に伴い、本件土地(一)ないし(五)につき、平成元年一〇月二〇日付で、本件所有権登記(二)の抹消予告登記が経由され、<2>同年一一月二四日右仮処分命令を得て、同年一二月六日付で本件仮処分登記(一)が経由された。そして、右訴訟は、一審でテック欠席のまま政章ら勝訴の判決があり、名古屋高等裁判所に控訴された。
ところで、政章や重房らは、前示(1)及び同(2)第二段のとおり経済的に窮迫しており、また宮木らから、一部の土地をテックから返還させるように、宮木が費用を負担して訴訟をしてやると巧みに働きかけられたため、訴訟を続行すべきかどうかに迷いを生じ、意見の対立から渡辺弁護士が辞任していたこともあって、その誘いに乗ってしまった。その結果、名古屋高等裁判所では、宮木の差し向けた弁護士によって、両者間で問題となっていた多数の不動産のうち、本件各土地建物を除く一部の不動産についてだけは抹消登記手続を行なうが、本件各土地建物についての登記は有効と確認する旨の和解が成立してしまった。このため、政章や重房らは、法律的にも窮地に追い込まれ、結局本件各土地建物を他に売却して、馬場染工等の負債を整理してやるとの宮木の申入れを事実上拒絶できない状況となった。
(4) その後、宮木は、政章や重房などに無断で、本件各土地建物について、<1>平成二年五月二一日付で、同年三月一五日和解成立を原因とする本件予告登記(二)の抹消登記を、<2>同年七月六日付で、同年六月二九日取下を原因とする本件仮処分登記(一)の抹消登記を、<3>いずれも同年七月一八日付で、それぞれ錯誤と本件和解を原因とする本件所有権登記(一)と同(二)の抹消登記を各経由したうえ、<4>同じ平成二年七月一八日には、自分の内妻である山代淳を権利者として、同月一七日売買を原因とする所有権移転仮登記を、<5>更に同月二六日には、右仮登記に基づいて本件所有権登記(三)を経由した(ただし、本件土地(四)(五)については、右<4>の仮登記を経ることなく、直接右<5>の日に同内容の所有権移転登記が経由された)。
(5) 他方、原告は、大日産業から本件各土地の購入方を依頼されて、仲介契約を締結していたが、平成二年一〇月一一日、同日付でテックの従業員である田中美好のために同日売買を原因とする本件所有権登記(四)が経由されることを聞いたうえで、大日産業と田中との間に、左記内容で大日産業が田中から本件各土地を購入する旨の本件売買契約を締結させた。
<1> 代金 三億〇〇七五万六五〇〇円
<2> 登記・引渡及び代金決済日
平成二年一一月二〇日
<3> 物件引渡義務 本物件に居住者その他の占有者があるときは、これを退去させたうえ、引渡をしなければならない。
<4> 特約 地上建物の五〇パーセントを取り壊した時点で、中間金として三〇〇〇万円を支払う。
(6) そして、大日産業は、本件売買契約成立前の同年一一月七日本件契約金三〇〇〇万円を田中に支払い、同月九日付で本件各土地について所有権移転請求権仮登記を経由した。
これに対し、宮木や田中らは、政章らに右売買契約や契約金交付の席に出てこないよう要求し、政章らに本件契約金を渡さず、その使途も明かさないままうやむやにしてしまった。また、原告は、政章らの遠縁の親戚で、また昭和六三年には馬場染工が倒産に瀕していることを聞いていながら、本件契約金の使途や、これが同社の負債整理に充てられるか否かを確認しようとはしなかった。
(7) 一方、本件売買契約は、平成二年一一月二〇日の決済日が近づき、大日産業は、岐阜信用金庫羽島支店から、残代金決済のための融資実行の承諾を取っていたが、原告から、本件各土地が競売になるかもしれないので、決済日を一か月ほど延ばしてほしい旨申し込まれ、結局これを同年一二月二〇日に延期することに同意した。
しかし、本件契約金の使途がうやむやになっているのに危機感を抱いた政章が岐阜地方裁判所に本件土地(二)の処分禁止の仮処分の申立をし、同年一二月四日その旨の命令を得て、同月五日付で本件仮処分登記(二)を経由したため、右延期後の決済も実行されなかった。そのうえ、本件各土地について、平成三年一月一一日岐阜県信用保証協会の申立によって競売手続が開始され、平成一〇年五月一八日羽島興業株式会社がこれらを競落したため、結局大日産業は、本件各土地の所有権を取得することができず、また本件契約金の返還も受けられなかった。
(四) したがって、右(三)認定の事実、特に同(2)(3)認定のとおり、政章や重房らが、宮木やテックなどから財産を取り戻すために、二回にわたる訴訟提起と仮処分申請をし、また本件和解を成立させているなどの事情、及び前示(二)判示の事情を総合すれば、政章が、本件各土地の所有権を他に譲渡していたとか、自由な判断でその売却を承諾していたということはできない。本件は、暴力団員である宮木が、他の暴力団関係者である金森や山代、田島、田中らと図って、馬場家と馬場染工の不動産その他の財産の乗っ取りを図った事案というのが相当であり、原告に有利な前示(一)の各証拠は直ちに採用できない。結局、本件売却の事実は容易に認められず、本件売買契約当時、本件各土地の所有権が、田中あるいは田島ないしテックにあったということはできないから、この点に関する原告の主張は採用できない。
2 原告の注意義務違反の成否
(一) 右1(二)ないし(四)認定の事実等に基づいて検討するに、<1>前示1(三)(2)ないし(4)認定のとおり、政章や重房らによる二回にわたる訴訟提起や仮処分申請、あるいは本件和解の成立などの経過は、本件予告登記(一)(二)や本件仮処分登記(一)や、本件所有権登記(二)の抹消登記の登記原因などによって、登記簿上容易に認識可能であり、<2>また原告自身、本件売買契約締結以前から、宮木が暴力団関係者で、山代をその子分と認識しているうえ(この点は、原告本人尋問の結果によって明らかである)、<3>前示1(三)(2)ないし(4)認定のとおり、宮木とテック及び山代による本件所有権登記(一)ないし(三)が時期的に接近して一連のものとしてなされている経過などから、テックないしその代表取締役や従業員である田島や田中も、容易に宮木の関係者と判断することができる。
したがって、そのほか、<4>前示1(二)<1><2>認定の、信託を原因とする所有権登記や、低廉な賃料額や譲渡転貸可能などの点で極めて賃借人に有利な賃借権の設定は、不動産乗っ取りを常習とする者の典型的な執行妨害の手段であって、この点は不動産業界では広く常識となっていること、<5>にもかかわらず、前示1(二)判示のとおり、格別客観的な資料もないのに、原告が田島やテックを真の権利者と主張し続けていることなども考慮すれば、原告は、宮木ら暴力団関係者が不当な財産乗っ取りを図ろうとしていることを知りながら、これに加担して本件売買契約を成立させたものであり、そうでないとしても、その点について仲介業者としての注意義務に違反した過失があるというべきである。
(二) よって、原告は大日産業に対し、本件契約金三〇〇〇万円の賠償をなすべき立場にあるから、これに沿う本件認証の実体的判断の内容は妥当といわねばならない。
二 本件認証手続の手続的瑕疵(前示第二、二1(一)<1>の主張)について
この点について、甲一八、原告本人の供述中には、原告主張に沿う部分があるが、乙二九、乙三〇、証人中村透の証言に照らし直ちに採用することができず、かえって右各証拠によれば、原告は、大日産業の訴えの内容をよく理解したうえで、十分な陳述をなす機会を与えられたものと認められ、原告の主張は容易に採用できない。
三 結論
以上の次第で、本件認証は実体的にも手続的にも適法であり、これが原告に対する不法行為となる余地はない。また、原告は、宅地建物取引業法六四条の一〇に基づき、被告に対し、本件還付金一〇〇〇万円の充当をなすべき義務があるといわねばならない。更に、期限内に右充当をしなかった以上、原告は、宅建業法六四条の一〇第三項に基づき、被告の社員たる地位を失ったのは明らかである。
したがって、原告の請求は、すべて理由がない。
(別紙)
物件目録
(一) 岐阜県羽島市福壽町間島字山起一五六一番
宅地 一三八・八四平方メートル
(二) 岐阜県羽島市福壽町間島字山起一五六三番
宅地 一二九五・八六平方メートル
(三) 岐阜県羽島市福壽町間島字山起一五六四番
池沼 三三三平方メートル
(四) 岐阜県羽島市小熊町島前一七三〇番三
池沼 三三平方メートル
(五) 岐阜県羽島市小熊町島前一七三一番三
池沼 七・〇〇平方メートル
(六) 岐阜県羽島市福壽町間島字山起一五六三番地
家屋番号 八一番の三
木造瓦葺二階建居宅
床面積 一階 六九・四二平方メートル
二階 六九・四二平方メートル
(七) 岐阜県羽島市福壽町間島字山起一五六三番地
家屋番号 一五六三番の二
木造瓦葺二階建事務所兼居宅
床面積 一階 五九・六三平方メートル
二階 五九・六三平方メートル
(八) 岐阜県羽島市福壽町間島字山起一五六三番地
家屋番号 一五六三番の一
木造瓦葺二階建居宅
床面積 一階 一三九・六〇平方メートル
二階 四八・七九平方メートル
(九) 岐阜県羽島市福壽町間島字山起一五六三番地、一五六一番地、一五六四番地、一五六一番地先、同市小熊町島前一七三〇番地三、一七三一番地三
家屋番号 一五六三番の三
鉄骨・木造スレート瓦葺二階建工場
床面積 一階 一五二五・七一平方メートル
二階 二二三・三八平方メートル
(一〇) 岐阜県羽島市小熊町島前一七三一番地二、一七三二番地一
同市福壽町間島字山起一五六四番地
家屋番号 一七三一番二
鉄骨造スレート葺二階建工場
床面積 一階 二〇三・九四平方メートル
二階 四八・〇九平方メートル
(編注)原審判決は縦書きであるが、編集の都合上横書きにした。